八坂のお弁当

       

 今日は午前中、所用で出かけたのだが、これがまったく上手くいかなかった。ある情報を入手したかったのだが、(←ムフフ、スパイみたいじゃ。)知りたいことが何ひとつ教えてもらえなかった。別に秘密を教えてくれ、と言っているのではない。相手はその情報を私たちに教えてくれることが商売で、それでお給料をもらい、ごはんを食べているはずなのだが、シロウトの私から見ても、仕事がぜんぜん出来ないのは明らかだった。とがめてもダメそうなタイプだったので、ほんとはブチギレそうだったが、じゃ、もういいです、とだけ言って帰ってきた。こういうのは疲れる。
 もうお昼近かったので、自分を元気づけるために、八坂のお弁当を買いに行くことにした。八坂は、名古屋の地下鉄東山線の、上社駅のすぐ近くにある、小さな、ほんとに小さなお弁当屋さんだ。
 何年か前まで、八坂は別の場所で定食屋さんのようなお店をやっていた。ある日偶然店の前を通りかかったとき、入り口にかけられたのれんから、旨いものオーラがでていてすごく惹きつけられ、そのままお昼を食べに入ったのがきっかけだった。メインのおかずのほかに、おひたしや煮物、和え物、卵焼きなど、全部手作りのちょこちょこした小さいおかずと、ごはん、汁物がついた、めちゃめちゃ美味しいお昼だった。それからちょくちょく、夫と食べに行くようになった。
 ある日、楽しみに食べに出かけたら、お店がなくなっていて、ガクゼンとなった。でもものすごくここのファンだった私は、いつもバックの中に、八坂のはし袋を持って歩いていたので、そのはし袋に書いてある番号に、かつてお店があった場所から電話をかけてみた。奥さんが出て、今来たら、お店がなくなってて、すごくびっくりしたんだけど、と言うと、うん、そうなの、ちょっと事情があってね・・・と話してくれた。「そうだったんだ、すごく頑張って美味しいものを作ってくれてたし、やめるなんて考えられなかったから。」「これからは仕出しとか、配達はやるから、またよろしくね。」と言われて電話を切った。すごく寂しかった。
 しかしここで終わらなかった。私たちは、微力ながら、このお店をどうしても応援したくて、夫は職場で、同僚の人たちと一緒にお昼にお弁当を頼まなければならないとき、ここに注文することを思いついた。ま、自分が食べたいのが一番の理由だったとは思うけど。ちょっと遠いけど、配達してくれるようになった。そして、当然だが、お弁当の味は評判を呼び、職場の、別のところからも注文が入るようになったらしく、夫は「今日も(職場で)八坂の奥さん見たよ。」とよく言っていた。
 そうしていつだったか、また配達に来ていた奥さんに、夫は会ったらしい。「じつはね、新しくお店を始めたの。そっちが忙しくて、もうここまで配達には来れなくなったのよ。」
 そうなの、よかったね、またお店始められて。配達してもらえなくなるのは残念だけど、でもホントによかったよ、とうちでは話していた。
 しかし、やっぱり八坂のごはん、食べたい。奥さんから聞いていたのは、地下鉄の上社駅のすぐ近く、ということだけ。これを頼りに、夫とふたりで探しに行った。駅の周りをぐるーっとまわると、角に、ちいさな、「やさか」とひらがなで書かれたお店があった。残念ながら、その日は閉まってたので、また来ようね、と言って、お店を見つけられたことに安堵して帰った。
 今日もおじさんは「まいど!」とテノールで(すごく声が高いのだ。)頑張っていた。最近、来ないねって話してたんだよ、と言ってもらえて、うれしかった。「奥さんは?」と訊くと、「今、配達に行ってる。忙しくてね、でも仕事があることはありがたいことだよ。」と元気いっぱいの様子だった。美味しい、イカのしょうが焼き弁当をふたつ、買って帰った。なんとひとつ400円!すごいでしょ?ふたりのあたたかい気持ちが、味にも値段にも表れている。ごちそうさま!これからも、ずっと応援させてください!