難解な曲

 夏にまた発表会をやるので、ここのところ、曲決めに悩んでいます。発表会が成功するかどうかの6、7割は、この選曲にかかっているのではないかと個人的には思うので、実は今がいちばん肝心な段階なのかもしれません。
 で、子供向けの発表会用の曲集をぱらぱらとやっていたら、もんのすごく長たらしいタイトルが目に飛び込んできました。

「輪まわし遊びの輪をこっちのものとするために彼の足の魚の目を利用する」エリック・サティの曲です。そのタイトルの下に、フランス語で原題が書かれています。
Profiter de ce qu'il a des cors aux pieds pour lui prendre son cerceau.
なんのこっちゃ?
 最初、魚の目を「あ、さかなの目か。」と思ったんです。それでも全然意味はわからないんだけど、ウオノメでは絶対ないと思ったんです。でもその前に、「彼の足の」とあるので、魚の目はさかなの目でなく、やっぱりウオノメです。
 で次に、この日本語訳が間違いだろうと思ったんです。なのでフランス語の原題を訳してみようと思ったら、うちに仏和辞典が見あたらなくて、(あとで見つかりました。)コリンズの仏伊辞典、つまりフランス語の単語を引くとイタリア語で意味が書いてある、という何とも面倒くさい辞書しかなかったので、ご丁寧に一度イタリア語を経由しながら調べたところ、この日本語訳でぴったりあっています。
 で肝心の音楽はというと、サティ独特のアンニュイな感じの曲想。まあ平たく言えば、よくわからん、ということです。フランス映画を観て、どよよんとした気分になった経験はありませんか?あんな感じです。
 私がわからないのは、なんでこんな曲が子どものピアノの発表会用の曲集に入っているのか、という点です。世のピアノ先生は、こういう曲も弾かせるのでしょうか?その場合は、どんな風に教えるのでしょうか?私には出来ません。日本で育った子供には、ちょっとこんな雰囲気の曲、理解できないと思ってしまいます。
 それに、まず生徒はタイトルから曲のイメージをつかむと思うのですが、このタイトルでは子供にはわからないことのオンパレードのはずです。
 まず輪まわし遊びが何か。私の理解したところでは、どうもリム回しのことのようです。リム回しってご存知ですか?自転車のタイヤの、ゴムの部分と、輪の内側の、傘の骨のような部分をはずすと、輪っかだけになりますね。あの輪っかの溝のところに、細い竹をあてて転がしながら走る、というものです。私もこんな遊び、知りません。でも、子供のころ、町民運動会でリム回しという競技があって、当時の大人たちが昔、子供時代にやった遊びだとかで、懐かしがって参加していたのを見たから知っているだけです。フランスにも、昔の日本と同じ遊びがあったようです。
 それからウオノメ。子供の足の裏なんかツルツルに決まってます。私のかかとのように、皮が硬くなったりしてないのです。たぶん、レッスンでこんな曲を与えたら、「ウオノメってなに?」と聞かれ、「足の裏に出来るタコみたいなやつだよ。」と私が答えると、「その目、ある?」という話になり、「ふたつあるよ。」などと答えた日にゃあ、うちの教室なら靴下を脱ぐ羽目になるでしょう。なのでそんなことにならないためにも、この曲は絶対選曲からははずさなくてはならないのです。
 そしてきっと親御さんの気持ちも。ピアノの発表会という晴れの舞台で、我が子がウオノメがどうした、という曲を弾くなんて、もっとマシな曲はないのか、と思うはずです。私がもし、音楽のことはよくわからない母親ならば、「先生、どうしてうちの子には、ウオノメの曲なんでしょうか?」と文句のひとつも言いたくなると思います。
 付け加えておきますが、大人のピアノ初心者の方には、このウオノメの曲、いいかもしれません。きっと足の裏に、ウオノメのひとつやふたつもこさえていることでしょう。その痛さもわかるはず。また、曲はテクニック的にはとても簡単で、そのわりに雰囲気というか、音の余韻みたいなのが楽しめると思います。そして簡単な曲にありがちな、幼稚な感じがあまりしないので、フランスっぽいニュアンスを感じ取れる方なら、大人っぽく仕上げられる気がします。
あと、何度もウオノメの曲と書きましたが、曲は輪っかがくるくる回る様子が音に表現されていて、はたしてウオノメをどのように利用したのか、私には音楽から理解することができませんでした。
 せっかくの発表会、どの子にも、思い出に残る、ステキな曲を弾かせてあげたいと思います。