乗り換え地点で

 

 トスカーナへの旅が近づいてきている我が家である。
 いつもうちは飛行機とホテルだけ予約をいれて、あとはほとんど何も決めず、予習もやらずに出かける旅行。しかし今回は、交通の便が非常に悪い場所ばかりを選んだので、いつになくきっちりと(と、自分では思っている。)移動手段についてのお勉強をするcuccioloなのだった。
 バスでの移動がとても多い今回の旅。調べると、直通で目的地に行けることはなくて、乗り換え必須の、やっかいなところばかり選んでいた。
 んで乗り換え地として出てくる地名が、いつもPoggibonsiポッジボンシと、Colle di val d'elsa コッレ・ディ・ヴァル・デルサ。
 ポッジボンシには昔、親友とサン・ジミニャーノの町を散策し、その夜はシエナで泊まろうと、サン・ジミニャーノからバスに乗り、やはり乗り換えのために降り立ったことがある。日も傾き始めた夕方、開いている店もなく、人一人見当たらない小さな村だった。じつはシエナに泊まると言いながら、5月の週末にあたるその日、私達はホテルを取ってなかった。若かったから、今よりももっと行き当たりばったりの旅をしていた。乗り換えのバスをポッジボンシで待つ間、公衆電話でシエナのホテルに片っ端から電話するも、すべて断られる。そんな気候のいい時期、イタリアのみならず、世界中からトスカーナの景色を拝みに、大勢の人がやって来ることを、まだ知らなかった。このままシエナに行っても、たぶん野宿になるだろうし、と親友と話し、あきらめてフィレンツェで宿を取ることにしたが、大都市フィレンツェとて、この日の宿はなかなかみつからなかった。あれから10年。私も大人になった。今回はホテルも取ったし、もう夕暮れのポッジボンシで、途方に暮れない。
 
 何年か前、うちの家の工事に来てくれた若い大工さんとしゃべっていて、なんだったかイタリアの話題になり、彼が「僕、イタリアに住んでましたよ。」と言った。「エーッ!?イタリアのどこ?」と訊くと、「コッレ・ディ・ヴァル・デルサ。」と彼。「こ、こっれ・・・??え?なに?」「Colle di val d'elsa シエナの近くの町。僕、前はイタリア料理のコックで、そこへ修業に行ってました。」
 ミシュランで調べると、そのコッレ・ディ・ヴァル・デルサには評価の高そうなレストランがいくつか載っていて、私が無知なだけで、料理の世界では結構名の知れた美食の町なのではないかと思う。今度の旅ではこの町はただの通過点で、滞在することはないけれど、あ、あの大工さんの住んでいた町だ、と調べものをしながら思った。
 料理人から大工さんへって、なかなかすごいとらばーゆだと思うけど、その話を聞いたとき、すごく潔い生き方だと思って私は感動した。イタリアまで修行に行ったが、自分は料理には向いてないと気づき、どういう経緯かは聞かなかったが、大工さんになった。「うわぁ、じゃあ美味しいパスタとか、作れるんですか?」と訊くと、「ううん。修行したときのレシピもみんな友達にあげちゃったし。」とあっさりしたものだった。
 自分の好きなものや夢中になれることを見つけ、その才能に恵まれ、ただひたすらにひとつの道を究めていけたら、それはとても幸せなことだし、素晴らしいことだと思う。でも、好きだけど、それを仕事にできるほどの才能は自分にはないな、と気づいて(素直に自分で認めて)方向転換する生き方や、あるいは、例えば大切な家族を養うために、自分のやりたいこととは別のことを、生きていくための糧にしている姿というのにも、私は心を打たれる。
 と、調べものをしているはずが、脱線しまくって、乗り遅れてばっかりなのだった。