ミラノの好きなもの

        

 トラム(路面電車)の走る街はイタリアにいくつかあるけれど、ミラノのトラムだけは、なんだか特別な気がする。なぜだろう?と考えて、たぶん、街の景色にしっくりとなじんでいるから、なんじゃないかと思う。ミラノの街を思い出すとき、ほわんほわ〜ん・・・と頭に浮かぶ風景のなかに、やっぱりオレンジ色のトラムははずせない。

        


 トラムにも種類があって、この頃は近代的なものが増えているけれど、私が好きなのは、木でできた座席がある、あったかい感じのする昔から走っている一両編成の電車。停留所で待っていて、このレトロな電車が走ってきたら、やったー!と心のなかでさけぶ。車内の椅子も電気のカサも、何十年も前からの、そのまま使っているらしい。ガッタンゴットン、揺れる音も、このアンティークな電車のほうが心地よくて、できればずーっと乗っていて、どこか知らないところへ行ってみたいと思う。

        


 イタリアのバスやトラムは、停留所の名前を言わないから(そもそも名前がついてないから?)、どこで降りたらいいのか、自分で景色や雰囲気なんかから判断して降りる。だから慣れてない街だと、ちょっと使いにくいのだけど、この間ミラノで乗ったときは、録音された車内アナウンスのようなのが流れて、次はどこそこ、と停留所のある通りや広場の名前なんかを言ってくれるのでおどろいた。全部の路線でそうなのかどうかわからないけれど、ともかくちょっと親切になったのだ。

 あるテレビ番組で、「あのトラムが、私がミラノに来た1964年当時は、色が緑色だったのよー。」と、長年ミラノに住む日本人女性が、ミラノの街を案内しながら話したのを聞いておどろいた。ミラノのトラムが、緑???余談だが、後日、このテレビで見た笑顔の素敵な女性が、須賀敦子さんの「日記」のなかに登場する、須賀さんがイタリア時代に、頻繁にお互いの家を行き来したり、一緒に旅行に出かけたりしていた人と同一人物だとわかって、私は本気でこの人に会いに行きたいと思った。現在はある分野において、第一人者ともいうべき活躍をされているこの方。本のなかに書かれている肩書きとは違っていて、きっとこの人にも、ながいこと、自分の生き方を模索する時間があったのだろうなあ、と勝手に思い巡らせては、胸を熱くする。

 「えーっ?!ミラノのトラムはぜったいオレンジでしょー。緑なんて、ありえないよねえ。」と言ったら、夫は「そういえば、オレが行った頃も、緑だったけど。」とあっさりしたものだったので、彼の歴史の長さにもまたおどろく。緑のトラムが走るミラノの景色は、どんなふうだったのだろう、と、ちょっと自分の頭のなかで想像してみた。