イタリアの中の小国

 さて、今日は、夏の旅行の話に戻りましょうね。話題があっちゃこっちゃ飛んで、ごめんなさいよ。
  
    

 ローマの街中に位置するヴァチカンは、カトリックの総本山だけに知る人も多いのだけれども、意外と知られていないのが、サン・マリーノ共和国。世界で一番古い共和国で、小さいけれど、立派な独立国家なのです。今回、ここを訪れたのは、大義名分というか、ちゃんとした用事があってのことでしたが、訪問する相手の方は、「どうせ来るなら、9月3日の、お祭の日にあわせていらっしゃい。」とおっしゃったのです。がはは、遊びたいのが、先方にもバレバレなのでした。

 上の写真は、宿泊した「祈りの家」のベランダからの眺め。初めて宗教施設に泊まってみました。「祈りの家」なんてネーミング、朝から「アーメン。」とか言わされたらどうしようと思ってたけど、ぜんぜんそんなことなかった。やさしいシスターたちに癒された宿でした。
水色と白の旗はサン・マリーノの国旗。お祭だから、出てたんだと思う。すぐむこうに見える集落というか、小さな町が、ボルゴ・マッジョーレ。(←ここもイタリアではなくて、サン・マリーノ共和国の町。)このボルゴ・マッジョーレからロープウェイに乗って、山の上に小さく見えているサン・マリーノ(首都?)へ向かいます。


    
 ロープウェイから下の景色をのぞくと、ボルゴ・マッジョーレの家並が。


    
 お祭というのは、たぶんこの日が、サン・マリーノの建国記念日みたいな日だったので行われていたと理解しましたが。一日のあいだに、いろんな出し物、見るべきものが、次から次へと・・・
    
 ちょうどパレードに出くわして、ラッキー!な感じ。

    
 この建物が、サン・マリーノの政庁がある場所。空の色とのコントラストが美しく。ここ、グッビオのコンソリ宮のある広場とすごく似ている気がして、ダブってしまいました。う〜ん、そっくりだと思う。政庁前の広場で執り行なわれていたのは、なんか重要な儀式だったみたいですが。(人だかりの多さから推察。)


    
 太鼓のパレード。こんなお祭の演奏でも(←失礼ながらハッキリ言わせてもらいました。)、打楽器って、シンプルだけれど、深いね。
    
 旗を投げ合うこの出し物は、イタリアのほかの地域でもありますよね。あら、私、客席の反対側に来てるじゃない?

 出し物のめずらしさもさることながら、私が気になって仕方がなかたったのは、端っこに並べられたテーブルにつく人々。

    
 これぞ中世絵巻。中世の時代の人々がお祭を愉しんでいる図、を自ら演じている、というところなのでしょうか。見ているだけで数百年の時空を超えてタイムスリップしてしまいそうで、こちらばかりにひきつけられていました。


 とはいえ、根っからの日本人である私。お祭とは言うものの、自分のなかに流れる血や遺伝子のなかに、この国の文化も習慣も言葉も歴史も、何ひとつつながるものを持っていないから、心ゆさぶられるような感覚は起こらなかったのでした。

 ロンリープラネットのガイドブックは、サン・マリーノのことを、散々な書きぶりで馬鹿にしていたけれど、私はこの小さな国を、とても住みよい場所だと思ったぞ。何というか、イタリアよりも日本に近い感覚で過ごせる国だと思った。例えばそれは、イタリアに居るときのように、しじゅうバッグの口を開けられやしないかと、気にしなくていいこと。イタリア人だって大部分はいい人なのだけれど、その中に突出したワルがいるために、いつも敏感に察知してしまう危険な空気、あの危ない空気感がサン・マリーノにはなかったこと。ボルゴの町で暮らしている人々はみな、とても落ち着いて平穏な毎日を送れていることが、どこからともなく伝わってきて、ああ、日本に居るときのように、平和ボケの状態で、ここでは過ごしていいのだな、と思えたこと、などなど・・・

    
 山の一番高いところにそびえる要塞。このとき足がまだ完治してなくてねえ、登ろうとしたのだけれど、途中で断念しました。