夜のサン・レーオ

     

 夜もとっぷりと暮れたころ。夫の友人家族と私たち夫婦の5人は、カーブつづきの道をびゅんびゅん飛ばしながら、一路、リッチョーネからサン・レーオという村へ、夜の遠足を思いついたのだ。

 到着したサン・レーオは、ほんとにかわいらしい村だった。ロマネスクの教会の後陣から延びた小さな通りが、どうやらこの村のメイン通りらしい。教会も、石畳も通りの建物も、すべてが元々はグレーっぽい色の石で作られているらしいのだけれど、私たちが訪れたそのときは、何もかもが夜を照らすオレンジ色のあたたかい光にすっぽりとつつまれて、何とも幻想的な、夢ようなうつくしさだった。


    
 来るときの山道のカーブがハンパじゃなくて、少々酔ってしまってたのだけれど、一応軽く食事。生ハムやサラミ、この地方のチーズの盛り合わせを。メニューにあった、ラルド・ディ・コロンナータも追加する。お皿にのっかった、白いものがそのラルド。ラルドは、ラードのことなのだけれど、トスカーナにあるコロンナータという村で作られるラルド・ディ・コロンナータは、ラードを、近くで取れる大理石でできたオケのような箱のなかに、ニンニクやハーブ、塩などと一緒に漬け込んで作られた珍味。一度味わってみたかったのだ。(しかし、何故、ここでだったのか?と、今、日本に居て思う。)写真のように、薄く薄く切って、パンなどと一緒に食すのだが、(私はこの日、ピアディーナという、ピッツァの原型みたいな、小麦の香りがしっかりするパンとあわせた。このあたりではよく食べられるものらしい。)とても奥深い味と香りもすばらしかったし、口のなかの温度でふわっと溶けてなくなるような、はかない触感も、何とも言えず美味しいものだった。

 食後に散歩。ロマネスクの教会を左に見て進んださきの、たしかドゥオーモと、その脇の鐘楼。
     

 さらに歩くと、一軒のトラットリアがあった。コンサートを聴きながら、みなが食事を愉しんでいた。何故か、南米の音楽っぽかったけれど・・・ペルーとか、あのへんのメロディー。

     


     

 サン・レーオから見えていた要塞。この一帯は昔、近隣諸国との争いが絶えなかったそうで、来るときも、かなりの数の要塞を見かけた。帰りにこの写真の要塞にも立ち寄ったけれど、あまりにも大きすぎて、まったくカメラにおさめることができなかった。この要塞、ここで昔、ローマ法王が囚われの身となっていたことがあると、一緒にいたAが話していたけれど、いつの時代の、どの法王のことだろう。


 このサン・レーオに行った日もそうだったけれど、サン・マリーノでは、滞在中、夫の友人家族に、結局何から何までお世話になってしまった。私たちは、いつも勝手気ままに旅しているぶん、たとえどんなことが旅先で起こっても、自分たちで解決しなければいけないということを、何よりも肝に命じて行動しているから、あれこれと人に面倒をみてもらったり、あるいは旅先で大歓迎を受けたりすることもこれまでなかったので、彼らのあたたかい歓待ぶりに、じつは少々とまどっていた。けれど、イタリア人にとっては、あんなふうに知人をもてなすことは、ぜんぜん普通のことなのかもしれない。日本人みたいに、社交辞令とか、儀礼的に人をもてなしたりすることはないんじゃないかな。
受け入れるときはもう愛情とことん、みたいな。