音楽の起源

 いつも私のブログに星をつけてくださっている、cucciolaさんのブログを拝見しておりましたら、音楽に携わる方が何人も読んでくれているはずの私のブログでも、ぜひともご紹介したいと思う記事が載っておりました。

 cucciolaさんのブログ「ルネッサンスのセレブたち」は、毎回たいへん格調高い内容で、しかもしっかりとした知識で裏打ちされた上に書かれており、まあ要するに、私のへっぽこブログとは雲泥の差。「ははあ。」とコウベを垂れる思いでいつも読ませていただいております。今回はそこに、「ドレミファソの発明者」というタイトルで、グイード・ダレッツォのことが書かれていました。(←みなさん、読んでくださいね。)私もグイード・ダレッツォについては、ドレミをつくった人、くらいのことしか知りませんでしたので、とても興味深く読ませていただきました。

      

 キリストの教えを伝え広めることを目的に、西洋の音楽は生まれ、発展したといわれます。しかしその聖歌を、おそらく最初は口移しという方法で伝承しようとしたのではないかと推測しますが、そんなことでは正確に伝えることなどできるはずもなく、よって音を正確に書き表す楽譜が必要となったのでした。グイード・ダレッツォによってつくられた、ドレミファソというおなじみのイタリア音名は、ネウマと呼ばれる四角い音符を4本の線の上に書かれることで表され、楽譜の誕生となったわけです。

 上の写真は、昨年、トスカーナへの旅行中、私がようやっと手に入れた四線譜。今、私たちが使っている楽譜とはずいぶん様子が違うことがわかると思います。グレゴリオ聖歌などを聴いてもわかるように、音の跳躍やリズムの起伏がほとんど感じられない、それこそお経のような音楽を書き表すには、この楽譜でじゅうぶん事足りていた時代です。


 日本は文明開化してから、おそらく最初に西洋の音楽を学びに行った人たちが向かったのがドイツだったのでしょう。ドイツの音楽こそが西洋の音楽、というふうに、入ってきたのではないか、と感じるのは私だけでしょうか。どうしてイタリアではなかったのか?イタリアに行けば、持って帰ったものも、今の日本の音楽の世界も違っただろうに・・・と、ひとり考えることがよくあります。