雨のフェッラーラ散策

      

 こんなに毎日暑くなってしまって。ということは私、春のイタリア旅行記を早く終わらせないといけない、たぶん。

 主にエミリアロマーニャを中心にまわった旅でしたが、10日ほどの旅のなかで、純粋に観光に割いた時間はたった一日だけでありました。その観光に充てられた日だけが、見事に雨に降られてしまったのだけど(泣)。でももうこんなことにも慣れっこで、それが私が雨女だからだ、と責められるのにも慣れっこで、腹の底では「あんたの雨男ぶりこそ、ええせん行くんとちゃうんか?!」と毒ついてますけど(←夫に。)

 はい、その観光先はフェッラーラでありました。ミラノに着いた翌日のことで、以前に書きましたとおり、このフェッラーラに向かう電車に乗り込んだところで、危うくスリに遭いかけ、気分はすっかりブルー。そしてお天気は一日中雨で、テンション下がりまくりのフェッラーラ滞在でしたので、なかなか旅行記も書く気になれなかったと、こういう次第。

 駅からは雨なので仕方なくタクシーを使ってホテルへ。部屋が空いて準備さえできていれば、すぐにでもチェックインできるイタリアのホテルの臨機応変さを、日本の宿にも見習ってほしいといつも思います。(フェッラーラのホテル、結構良かったんですけど、気が向いたらまた書くかもしれません。)

 ともかくホテルに荷物を置き、観光へ。街の中心は歩いてすぐでした。

 まずはドゥオーモへ。

     

 3連に分かれたようなファサード、印象的です。装飾もすごく細かい。

     


     

 写真にはあまりおさめなかったけれど、カメラのズームを望遠鏡がわりにして(笑)、じっくり観察すると愉しかったです。

 内部も立派に華やかでした。

     

 でもこのドゥオーモのおもしろいところは何と言っても、ファサードを正面に見て、建物の右側側面に、なんとアーケードがくっついてあることです。

     

 どういういきさつでこのような作りになったのか?あの世も俗世も、というか、ミソもクソも、というか、こういうのいいですねえ。

 そしてドゥオーモのすぐ近くには、ルネッサンスの時代に物議をかもしたサヴォナローラの像。この街の人だったみたいです。

     

 銅像見ただけでも、ちょっと大変な人物っぽいですね・・・

 さてお次は、エステンセ城へ。

     

     

 いかんせん大きすぎて、どうにしてもカメラにおさまりません。しかし晴れの日の真っ青なイタリアの空だったら、このレンガ色の建物とのコントラストが美しかっただろうに、と悔やまれます。

 ルネッサンス期に、フェッラーラを治めていたエステ家の居城であったエステンセ城。ここで育ち、マントヴァに嫁いだイザベッラ・デステや、はたまたこの地に嫁いできたルクレツィア・ボルジアなど、歴史に疎い私でさえも、ここに来ればいろんな話の断片が頭に浮かんだのですが・・・

 中庭にある入り口を入ってすぐに、この城でかつて起こった出来事が書かれた説明があったのですよね。それをすっとばした私たち。言いわけするならば、スリ事件と雨ですね、にすっかり気分をやられ、どよよんとした気持ちで入城したものですから、とてもじゃないけれど、イタリア語の説明を読む気力などなかったのです。

 で順路を進んでいくとすぐに、地下か半地下みたいなところにある牢獄に至ることになり。

     

 はあ〜・・・この牢獄は・・・誰が閉じ込められていたんだったか、夫に訊いてみるも、「説明読まんかったで、知らん。」と言われ。いやいや、知識として知っていない?たしか私は昔、何かの本で詳しく読んだのになあ、せっかくこの場所に来たのに、誰がどういういきさつでこんな場所に入れられていたのか、きれいさっぱり忘れてしまっていることが残念でなりませんでした。

 で、さらに進むと、順路に座っていた係りの女性に、もう一つの牢獄を見ろ、と言われ、牢獄はもうたくさん、という気分だったのですが、とても断れる雰囲気ではないので従いました。ああ、やっぱり誰が入っていたのかが、わからん。

 あとはオレンジの花が咲き乱れ過ぎて、その匂いにコホコホとむせてしまうほどだった小さなテラスを見たり、(言っちゃ悪いけど、こんな小さなテラスよりも、泊まっていたホテルの中庭のほうがずっと立派だった。)

     

 天井に豪華なフレスコ画の書かれた部屋を見たり。

 天井画は、ずっと上を向いて首が痛くならないように、床に大きな鏡が置かれていて、その鏡に天井画を映して見られるようになっており、このお心遣い(?)にいたく感心した私でありました。

 フィレンツェヴェネツィアといった、強国とも呼ばれた大きな国の宮殿などを見たことがあると、どうしてもそれと比べてしまって、2、3年まえにウルビーノのお城に行った時もそうでしたが、エステンセ城を見ても、「ふうん、こんだけか・・・」と、どうしても思っちゃうんですよね。(外観は立派なんですけどね。)栄華を誇った時代には、城内部もきらびやかに飾られていたのかもしれませんが、今はどの部屋もがらんどうで、いくら天井画やフレスコ画が豪華でも、あとの部分を自分の想像力で補うのが、私にはなかなか難しかったりします。夫の方も、「結局、城ってどこもこんなもんだよな。」と漏らしていましたし。そういう意味では、貴族の邸宅を博物館にしてあるような、使われていた調度品などがそのまま置かれてある場所を見学したりする方が、私にとっては愉しめるかもしれません。

 で後日談っていうか、つい一週間前のこと。日曜日に奈良まで日帰りで出かける用事がありました。道中、電車のなかで退屈すると思って、家を出る直前に、何か本でも、と思ったのです。時間もないので、最近読んでなさそうな本を適当に引っ張り出して鞄に入れ出かけたのですが、たまたま読むことになったその本が、塩野七生さんの愛の年代記。電車のなかで読み始めたら、なんとあの牢獄に入れられることになった血なまぐさいエステ家の人々のいきさつが、詳しく書かれていたではありませんか。「ああ昔読んだのは、この本だったか。」と、今度は春のフェッラーラでのことを思い起こしながら読み返し、やっといろいろな出来事と自分の目で見たことが頭のなかでつながった、お粗末な私でした。その本のお陰でやっと、フェッラーラのことをブログにアップする気にもなれたのですけれど。