四線譜

 「古ーい時代の、楽譜を探しているんです。古いというのは、ほら、グレゴリオ聖歌が書かれたような楽譜で・・・」

 ここ2、3年、イタリアの旅先で、例えばアンティークのものを扱っているお店や、昔の印刷物の復刻版みたいな紙類を扱うお店、いっろいろな書物を置いてありそうな本屋さんなどなど、もしや、ここなら・・・という疑わしきお店に入っては、店主に、先の言葉を投げかけてみるのです。「は?古い楽譜って、なに??」と、まったく何のことか思い当たらない、空振りな店もあれば、「ああ、昔の楽譜ねえ。うちには、当時の、オリジナルのものがあったんだけど、全部売ってしまったなあ。」なんて、残念だったことも。くーーーーっ・・・!!!

 イタリアをあっちもこっちもめぐり始めたのは結婚してからのこと。すると当然のことながら、古代ローマの遺跡を訪れたり、中世の時代に建てられ今も使われている建物や、華やかであっただろうルネッサンスの時代の文化とも出会うわけで。旅を重ねながら年も重ねたせいか、若いころにはまったく興味のなかったものが気になったり、そうしたものを少しずつ自分なりに解釈するようになったと思う。それまで音楽しかやっていなかった私にとっては、恥ずかしながら、歴史といえば音楽の歴史のことしかピンと来なかったのだけど、音楽となると、古いものでもバロック、それ以前の時代のものなんて、音楽として認められているんだかいないんだか、というのが実際の話。その前は、ないものとしていいのか?根っこのところはほっといて良いのか?クラシック音楽、なんて呼んでいるけれど、ヴェルディプッチーニも、イタリアの歴史で言ったら、ついこの間の人じゃないですか!と思いあたると、オペラに対する興味も、なんだか色褪せてねえ(笑)(その最近のヤツは、もういいね。)

 で、そんな私が気になり始めたのが、四線譜に書かれた古い時代の楽譜。もともと西洋の音楽は、キリスト教の普及にともない、その教えを一般の人々に広めるのが目的で、教会で歌われるようになった賛美歌やグレゴリオ聖歌などが起源であると言われています。上手く理由を説明できないけれど、自分と、バロックよりもずーっと昔の、原始的な音楽を結びつけるのには、まだ4本の線の上に四角い音符を書いていた頃の楽譜が必要で、どうしてもそれを手元に置きたくなった。

      

 グレーヴェの広場にあった、一軒のアンティーク屋さん。この手の店にしては、明るくて入りやすい雰囲気。入るつもりもなかったし、楽譜を探していることも忘れていたのだけど、お店の前を通りかかったとき、入り口近くに売り物の楽器が置いてあるのが目に入ったんです。あ、ここなら、あるかも!

      

 おじさんに、楽譜を探していることを言うと、初めは何が欲しいのか、すぐに理解できなかったようなのだけど、「ああ、たしか、1500年代の楽譜が、どこかにあるよ。ええと・・・どこだったかな・・・」と言って、紙の束の中やお店の中をあちこち探し始めました。こういう展開、初めてです!ついに!です!!キターーーッ!!!

      

 鼻息ブンブン。心臓がバクバクします。

 すっげー探してくれていますが、なかなか出てきません。お願い、見つかって!!!

 おじさんは古い楽譜を2種類持っているとのこと。ひとつは1500年代に書かれたオリジナルのもの、もうひとつは少し新しくて、1800年代のもの。おじさん自身が絵を描く人で、古い時代の紙に興味があり、楽譜かどうかは彼にはそう重要なことではなくて、ただ古い時代の紙が欲しくて集めているのだそう。もし見つかったら、譲ってあげていいよ、と言ってくれた。鼻血、出そう・・・
       

 そして、ほどなくっ!!!

       

 一番上に乗っかっているのが、1500年代の楽譜。うほほ〜・・・貫禄ありますねえ、あたりに凛とした、清々とした気配が漂うかのようでした。歌詞の最後が、Alleluja アレル〜ヤになってる♪

 下のほうに見えるのが、1800年代のもので、ギターの楽譜のようでした。が、現代に使われている楽譜とほとんど同じで、しかも、なぜか、「コピー譜?」と思うようなちゃっちいもので、おじさんには申し訳なかったけれど、こちらはいただかなかった(笑)

 最初、お値段を聞いて、「!!!」だったのですが、私、清水の舞台から飛び降りる覚悟をしました。だって、これまで散々探して見つからなかったのです。でも、話しているうちに、おじさんの心の琴線に何が触れたのか、半額まで値下げしてくれました。で、「たしかこれよりもっと後の時代の、それも同じように4線譜なんだけど、楽譜のまわりに綺麗なデコレーション的な絵が描かれたのも持ってたなあ・・・」と言って探し始めました。結局、これは見つからず。でも私、装飾的な楽譜でなくて、こういうのが欲しかったんです。イタリアで生まれた原始的な音楽を、求めていたのですから。

 たしか大学のとき、音楽史の授業で、しつこくこの4線譜の読み方を教えてもらったと記憶していますが、私、いつも寝ていたのか、まったく覚えていません。でも、この楽譜で歌ってみました。最初に書かれた音部記号を、ハ音記号に見立てたら、ドの場所がすぐ分かります。音符の長さをどれくらい延ばせばいいのか、正確にはわかりませんが、言葉のアクセントになる場所とメロディーラインを頼りにすれば、これもどうにかなります。なかなか素敵な曲でした。しずかな中世の祈りの世界でした。

 時代がすすむにつれ、音楽に使われる音の幅、音域がどんどん広くなり、4線譜ではとても書ききれなくなって、5線譜を用いるようになったそうです。それにともなって、音楽の内容もどんどん充実していったのでしょうが、でもこの楽譜に書かれた音楽を、やっぱり忘れてはいけないね。