トスカーナ バスの旅

      
 早朝のバスに乗って、グレーヴェからモンタルチーノまでの移動日。

 ホテルで決まっている朝食の時間よりも少し早く、朝ごはんを食べさせてもらう。焼きたてのあつあつブリオッシュをほおばる幸せ。時間もないのに、夫は、朝からハイテンションなフロントのおじさんと話をしている。「地震に、津波に、原発に、もう日本は今、めちゃくちゃ大変なんだよー。」みたいなことを。それに対しておじさんは、「だったら1ヶ月でも、日本にシルヴィオを貸したるわ。アイツが行けば、あっという間に、万事解決してくれる!」と。シルヴィオとは、ご存知、イタリアのハレンチ首相、シルヴィオ・ベルルスコーニ氏。貸していりません。

 グレーヴェから、路線バスに乗り、ひとまずはラッダ・イン・キアンティまで。30分少々の道のりだけれど、もんのすごいカーブが連続するくねくね道で、かなりキビシかった。バス酔い寸前。途中でヤバイと思って、トラベルミン(酔い止め薬)をなめる。それでも景色の素晴らしさには負けてしまい、何度もカメラのシャッターを切る。バスのなかから撮ったにしては、なかなか良い出来だった一枚がこちら。
     

 今回、トスカーナをバスで旅して、是非とも注意しておいたほうが良いと思ったこと。っていうか、私たちのようにバス旅なんかする人が、いるのかどうかわからないけれど。
あのね、切符はぜったい乗車前に、どこか売っている店を探して買っておいたほうがいいよ。「バスの運転手からも買えるよ。」という話なのだけど、今回観察していて、ちゃんと切符を準備している運転手なんて、皆無だった。バスの中で買うつもりで乗ってきたのに、運転手が持ってなくて、乗客みんなに、「だれか〜、売ってくれる分の切符を持ってる方、いませんか〜?」なんてやっている人や、とりあえずはバスに乗せてくれたんだけど、切符を売っているバールだったり食料品店だったりの前でバスを止められ、「あそこの店で売ってるから、買って来て。」と運転手に言われて買いにいかされる人もいたし。もっとイジワルな運転手だと、ちゃんと、どこそこの店で買ってきて、と言っておいて、その人を待たずに発車する運転手もいたので。

 朝8時半、ラッダの街に到着。すっごくいい眺めのバス停。ここからシエナ行きのバスに乗り換え、さらにシエナまで一時間ちょっとの道のり。がんばれ、バス酔いの私!
    
    
15分くらいの待ち時間の間に、夫に荷物の番をさせ、私はグレーヴェからのバスの運転手に訊いておいた切符を売る店に向かう。店がほとんどないうえに、開いているのは一軒しかなかった。ここでいいのだろうか?ハムやチーズを売っている店だけれども。「ここでバスの切符が買えますか?」と訊いてみると、やっぱりそうだった。シエナまで2枚、と言うと、レジのおばさんは、「うーーん、シエナ・・・シエナね・・・えっといくらだったかしら・・・?」とあれこれ調べ始める。早くして、時間がない。っていうか、毎日バスの切符を売っていて、しかもこの村からだとシエナへくらいしか行き先がないと思うので、ラッダ〜シエナ間のバス賃はぜったい知っていなくてはならない基本事項だと思うのだが、どうしてそんなに難しいのかな?私はもちろんおバカだけれど、この国の人も負けずとおバカだぞ、でもだからこそ、この国の人々を心の底からは憎めなくて、本当は大好きなんだ、と、自分で切符の値段を調べることを断念し、別の店の人に聞きに行ったおばさんを見て思う。

    
 ラッダからシエナに行く途中には、本当に上の写真のような、緑の丘ばかりが見えるところにぽつんとバス停があって、そこでバスを待っている人がいて、あたりまえのことのようにして乗ってくるのが、すごく不思議でたまらなかった。この人のおうちはどこにあってどんな住まいで、どんな風に毎日暮らしているのだろうか、と勝手に思いをめぐらせる。こんなところでバスを待つ生活なんて、もうそれだけでこの人の人生は幸せじゃないか、と。

 シエナへ向かう車中、運転手に、シエナの鉄道駅に止まるかどうか訊いたら、このバスは止まらないので、駅をすぎてしまうけどすぐ近くのバス停で降ろしてあげるから、そこから別のバスに乗り換えて駅まで行くといい、と言ってくれたのに、その後、しっかりシエナ駅の真ん前に停車。ぜ〜んぜんわかりません。

 シエナの駅構内にある、TRA/IN トラ・イン社の窓口で、モンタルチーノまでのバスの切符を買う。トラ・イン社のオフィスはもうひとつ、たくさんのバスが発着するグラムシ広場の地下にもあるけれど、この駅内のオフィスと同様、最高にイジワルな対応が特徴だ。この会社、世界カンジワルイ選手権に出場したら、かなりいい線いけると思う。たぶん、シエナという土地柄、観光客が多くて、毎日毎日、同じようなことを旅行者に訊かれ、そのたびに同じことを繰り返し答えることにうんざりしているのだろう。窓口で対応されたお客は、気分を害されること必至。この日も、「ああ、トラ・インだよ・・・でもここでしか、切符が買えないんだよ・・・」と暗い気持ちで覚悟を決めた数分後の私は、やっぱり頭から湯気が出そうだった。

 シエナの駅のバールで、一時間ほど時間をつぶす。私はシエナの町が、好きではない。トラ・インで受けるのと同じような対応を、他の店やレストランなんかでも経験したり、他の旅行客がされているのを何度も目撃しているからだ。そういうとき、「あなたたちがごはんを食べれているのは、世界中からやってきている旅行者がいるからなのですよ。」と、言ってやりたい、といつも心のなかで思っている。そんなわけで、シエナは大嫌いなのだけど、大好きなトスカーナをめぐるのに、交通の要所となるシエナを通らずには済ませられないので、二年に一回くらいか、もうちょっと頻繁にか、それくらいの頻度でシエナに降り立ち、駅のバールの、いつも同じ席に座って、バスだったり電車だったりを待っている。「ほんま、シエナ、好かんわ!シエナの絵葉書なんか、ぜったい買わへん!」とぶつくさぶつくさ言いながら。

 シエナの駅を出て左手に進むと、バス停。ここからは、モンテプルチャーノ、サン・クイーリコ・ドルチャ、ピエンツァなどに行くバスも出ていますが、いつもいつも駅からの出発ではないようなので、自分の乗る便がどこから出るのか、感じ悪〜いトラ・インのオフィスで確かめてくださいね。

 さあ、あと一本!もうあと一本、路線バスに乗れば、やっとモンタルチーノだ。バスの旅は鉄道の移動と比べ、運賃はすごく安いのだけれど、体力的にはかなりキツイ。こんなふうに時間だけはのんびりと、バスに半日も揺られながらトスカーナをふらふらめぐる旅を、夫も私も、あと何年、できるのだろうか?

      

 バスに揺られること、一時間。窓の外にモンタルチーノの町が見えてきた。