自転車でめぐるロッシーニの町

     

 8月の初め、右足の小指をケガして、それが治らないまま出発の日を迎えた今回の旅。急遽購入したぶかぶかの靴をはき、「これでどうやって歩くよ?」と、内心、どんな旅になるのか不安であったものの、神様は、うつくしい人を見捨てることは決してなさいませんことよ、おーっほほほほ。

 到着したボローニャから最初に訪れたアドリア海に面した町、ペーザロの町のなかは、自転車に乗った人だらけ!私たちが滞在したホテルでも、無料貸し自転車のサービスがあったのです!

     

 ルンゴマーレと呼ぶのでしょうか、写真のように、ありきたりと言えばありきたりな砂浜が延々とつづくペーザロのビーチ。(ペーザロに限らず、アドリア海側のリゾート地は、大抵こんな景色なんだと思いますが。)リゾートの町ですから、ホテルはほとんどがこのビーチのそばに建っておりまして(そのどれもが、コンクリート作りの、趣に欠ける建物ばかり。)、私たちの泊まったところもそういうホテルのひとつだったんですけれど、そこから旧市街に徒歩で向かうにはいささか遠く。足をケガした大患者にとっては、この貸し自転車は、まさに神の救い!本当に、本当に、助かりました!

 ペーザロといえば・・・オペラファンにとっては、そう、ロッシーニの生まれた町。ってか、申し訳ないけれど、私の見たかぎり、この町に、他にウリになるものは特にないようで・・・ペーザロ市民よ、ここにロッシーニが生まれてくれて、ホントによかったね、って、そんな感じ。

 自転車に乗って、向かったのは、ロッシーニの生家。

 現在、ここはロッシーニの博物館になっています。(ちなみに、もっと充実した、ロッシーニの殿堂と呼ばれる博物館が、音楽学校の中にありますが、事前予約が必要で、私たちはちょうど試験の日にあたってしまい、見学できませんでした。音楽学校のなかに事務所がありますから、そこへ直接行って予約を取るか、あるいは電話予約も可能ではないかと思います。)

 これまでにも、誰それの生家、というところはいくつか行ったことありますが、この手の場所って、私はいつも、「だから何だ?」と思ってしまう。そして、昔、ベルガモドニゼッティの生家に行ったときもそうだったのだけれど、作曲家の生まれた家をひととおり見て、何故か一番印象に残ってしまったのが台所だ。

    
 う〜ん、これぞ究極のミニマムキッチン!たまらんねえ。ごちゃごちゃごちゃごちゃモノにあふれた、誰ぞのキッチンとは大違い。今の私はごはんを作るのが仕事になってしまったからか、どこかのおうちを見せてもらっても、やっぱりいちばん気になるのがキッチン。で、台所を見たら、その人がどんな暮らしをしていて、何を大切に生きているかまで、わかってしまう気がする。ロッシーニってすごいグルメだった、とどこかで聞いたと記憶しているのだけれど、それはきっと有名になって後のことなのでしょうね。このスッキリキッチンと、よく目にする、たぷっと恰幅のよいロッシーニの姿は、どうも結びつきません。
(ちなみに、見学後、夫に、「(ロッシーニの家を見て)何が良かった?」と訊いたら、「台所。」と答えた、ごはん作らないくせに。)

      

 この後、再び自転車に乗って音楽学校へ。ここは、ロッシーニの遺産をもとに創立されたといわれています。入り口をはいってすぐ正面の中庭に、椅子に座った格好の、立派なロッシーニの像がありました。内部を見学していたら、この日、録音中だったらしく、静かにするように、と叱られたり・・・


 つづいて劇場見学に向かいましたが、この日は閉まっていたので、後日出直しまして、やっとかなった劇場潜入。

     

 ロッシーニ歌劇場。1818年、ロッシーニが自筆のオペラ「泥棒かささぎ」を指揮してオープンしました。

 シーズンもまだ始まっていないこの時期、表はしっかりと閉じられているので、劇場の左手をまわり、事務所へ。図々しくも、劇場のなかを見せてもらえませんか?と門番みたいに座っているおじさんに頼むと、とたんに慌て始めました。こんなこと頼んでくる観光客、そうはいないみたい。

 おじさんは、「ちょ、ちょっと待って。」と言って誰かに電話をかけ始め、どうやら別の人に事務所の番を代わってもらって、私たちを案内してくれる様子。ご親切に、どうもありがとうございました。

       

 おじさん、劇場の舞台のところでまたまた、「ちょっと待って。」小走りでどっか行ってしまった・・・と思ったら、わざわざ客席の照明までつけてくださったのです。最初はとんだ珍客に驚いていたものの、私たちのお願いを、それほど嫌とは思っていなかった様子。ほっ。

 イタリアの小さな地方都市の、こじんまりとした劇場。でもちゃんと品があって、可愛らしくて、ながいこと、この土地のたくさんの人に愛されてきたことが伝わってくるような、あたたかさがありました。

 海水浴も愉しめるし、ヴァカンスに訪れた人たちの抜け感がそこかしこに漂ったペーザロ。8月下旬には、有名なロッシーニフェスティバルも毎年開催されるようですので、是非その時期に、夏の海と音楽に癒されに訪れるのも素敵です。