バスに見える電車

 ピエモンテの、ランゲやロエーロとよばれるワインの里をめぐる旅は、交通機関を使っての移動に苦労した、と先日書きました。

 その苦労というのは、便数の少なさゆえの不便さが主なものでしたが、それとは別に、イタリア国内に関しては、けっこう旅慣れていると自負していた私たちが面食らうことがあったのでした。

 今回の旅は電車、つまりイタリア国鉄を使っての移動が中心になると計画していました。で、実際、その通りであったと言われたらそれまでなのですが、どうしても腑に落ちない点が・・・

 ずばり言います。この地方、電車がバスなんです。

 電車の時間を時刻表で調べていると、さりげなく描かれているバスらしき小さなマーク。いつもはそんな細かいところまで気を配らないのですが、なぜかそれが心にひっかかったのでした。

 「これって・・・時刻表のこの絵ってバスに見えるけど、電車の時刻表なんだからバスじゃないよね?」と私。すると夫は、「バス便っていう可能性もあるんじゃない?」と言うので、駅の窓口で確認すると、やはりバスの絵がついているのはバス便だ、と言うのです。じゃあ、どこから出発するの?と最初に訊いたのは、アックイ・テルメの駅でしたが、すぐ近くの、バスターミナルからだ、と教えてくれました。

 移動日当日、教えられたバスターミナルで、国鉄のバス(国鉄のバスってのもヘンですが。)を待ちます。ちなみにこの場所からは、当然ながらバス会社が運行しているバスが多く発着しているので、それだけで何やら不安になります。

 ここで私にひとつの疑問がわきました。切符は電車の駅の窓口で買いましたが、その切符の刻印をどこで押せば良いのか?ということです。イタリアではバスでも電車でも、切符にガチャンと刻印をしないと、見つかった場合は罰金が科せられます。というわけで、通常、バスの切符は、バスの車内の機械で刻印しますが、明らかに大きなこの電車用の切符は、バスの車内で刻印ができるのかどうか?と思ったのでした。

 バスターミナルの窓口のおっさんに訊いてみると、うちが運行しているのはバス、でもあんたが乗ろうとしているのは電車なのだから、電車の駅で刻印して来い!と、とても不親切に教えてくださいました。

 え?私が乗るのはバスではないの?バス便って言ったもの。

 いやいや、その便はバス便であっても、国鉄が運行するのだから電車扱いなのだ、というのです。なんだか良くわからなくなってきました。

 ともかく切符の刻印は、急いで電車の駅まで走り、そこでガチャンとしました。ついでにトイレも電車の駅で済ませました。どうも私は、国鉄のお客らしいので。(ちなみに後でバスに乗り込んだときに、ほかのお客さんはみんな、運転手さんに切符を見せて、切ってもらっていました。急いで駅まで走る必要なんて、なかったのです。)

 また急いでバスターミナルに戻り、不安な気持ちになりながら、電車として扱われているらしい、国鉄のバスを待っていました。そこへ、ブルーのバスが一台やってきました。見た目はどこからどう見てもバスなのですが、フロントガラスのことろに大きく、TRENITALIAと、 イタリア国鉄のマークが付けられています。何が何でも、電車であると言いたげです。

 ともかくその、どこからどう見てもバスである電車に乗り、ひとまずアックイ・テルメからアスティへ。バスは、360度ぶどう畑が広がる丘の上を走ります。「こんな丘の上の頂上みたいなところに、線路は敷けなかったんだね、きっと。」と話す私たち。走っているのは道路に見えますが、線路だと思わなくてはいけなかったのかもしれません。

    

    

 一時間もバスに揺られりゃ、どろどろに疲れ、アスティに到着。しかし私たちがこの日目指していたのは、そこからまだまだ先の、アルバの街でした。この日のアスティは、乗り換えのためだけだったのです。

 バスを降ろされた場所から、アスティの電車の駅へと向かいます。駅に着き、貼られた時刻表でアルバ行を確認すると!なんとーーっ!!!またもや憎きバスマークがーーーっ!!!

 ・・・もうバスはイヤだ。疲れた。かすかな望みを胸に、駅の窓口のおばさんに訊いてみます。「あのー、アルバに行きたいんだけれども、次のはバス便ですか?」するとおばさんは、「アルバなら、カスタンニョーレまで電車で行って乗り換えなさい。」と教えてくれました。

 カスタンニョーレだなんて、聞いたこともない所(正式には、Castagnole delle Langhe カスタンニョーレ デッレ ランゲという駅だそうです。)、いったいどこだろう?アスティからアルバへは、直接行けるつもりだったのに。でも直接行くなら、さっき時刻表で見たバス便になるんだろうし、ともかくバスに乗るのはもうたくさんなので、よくわからないけど、電車に乗って行けれるなら、そのカスタンニョーレとやらまで行ってみましょうお父っつぁん、ということになりました。

 しかしその電車までにも時間がありません。何番線か再び窓口で訊いて、ダッシュです。

 どうにか電車には間に合いました。息も整わないままでしたが、タイミング良く、電車の中を車掌さんが歩いてきたので尋ねてみます。
「アルバへ行きたいのですが、カスタンニョーレまで行って、乗り換えればいいんですか?」と。

 その通り、と車掌さん。カスタンニョーレは3つ目の駅になりますから、そこで降りてください、んで、駅の前にバスが停まってますから、そのバスに乗り換えてもらうとアルバまで行きますよ、もちろん切符はその(国鉄の)切符でね、と。

 ぎゃあーーーーっ出たーーー!!!ばー、ばー、ばーすー・・・この土地、バスと電車が同義語か???

 もう電車に乗ったのだから仕方がありません。3つ目のカスタンニョーレで降りると、他の乗客たちもまったく当然のことのように、駅の前に停まっているバスのなかに吸い込まれていきます。バス便が当たり前というか、どうやらそれを使わないことには目的地に到着できないようなので、そうするしかないのです。

 アルバの街に着いてからわかったのですが、どうやらアルバから電車を使って向かえるのは一方向のみらしく、アスティや、前述のカスタンニョーレへ行くには、たとえイタリア国鉄さんの運行する便でもすべてがバス便のようでした。

 だから、アルバの駅のホームにあったこの標識(下の写真。)は大ウソで、ブラには電車で行けますが、反対方向を差しているアスティに向かって、電車が走ることはありません。

      


 また、アルバからバローロまでは、日に2、3本のバスが運行していますが、これはバス会社が運行しているバス便です。このバローロ行のバスがどこから出ているのか確かめようと、バス会社のバスターミナルを探していましたがなかなか見つからず、近くを歩いていたご婦人に場所を尋ねました。すると逆にご婦人の方から、「あなた方の言うバスは、駅の前から出るバスのことかしら?」と訊かれたので、「そうじゃないと思います、バス会社が出しているバスなので。」と答えると、「それなら本当のバスね。」と言って、バスターミナルの場所を教えてくれました。

 うーん・・・本当のバスとか、駅前からのバスとか、ややこしい使い分けをしながら暮らしているのって、この地方だけなのでしょうか?
そんなわけで、なかなか上級者向け(?)の旅でありました。

     

 文章とは関係ありませんが、上の写真は、アルバの街のメインの通り。